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「Feel」にも収録されている、ウォンの代表曲「運命と絆」誕生秘話 written by Wong Wing Tsan ウォン・ウィンツァンの音楽を、今春発売のオムニバスアルバム「The Most Relaxing -- Feel」(東芝EMI)で知ったという方、きっと、たくさんいらっしゃる事と思います。 リラックス/ヒーリングというコンセプトで、オリコンチャート1位を獲得、 9月現在で80万枚(もしくは、もっと?)の大ヒット、2000年の音楽業界を触発している話題のアルバムです。 アディエマス、姫神、エニグマ、東儀秀樹、アンドレ・ギャニオン、坂本龍一、「ピアノ・レッスン」や「タイタニック」、 そして人気テノールのアンドレア・ボチェッリまでフィーチャーされている、超豪華なセレクション。 その中で、唯一、インディーズから仲間入りしたのが、ウォン・ウィンツァンの「運命と絆」なのです。 この作品がNHKスペシャル「家族の肖像」のオープニング・テーマ曲であり、 ウォンのオリジナルアルバム「エイシアンドール」に収録されている、なんていう事は、 ファンの皆様なら勿論ご存知ですね。 でも、今やウォンの代表曲となっている「運命と絆」が、NHKさんのダメ出しから生まれたって、知ってましたか? きょうは、復習の意味もこめて、ウォン・ウィンツァンの手記で、その誕生秘話をご紹介しましょう。 「映像と音楽の幸せな出逢い」 ウォン・ウィンツァン 『CDエイシアン・ドール』制作てんまつ記 「運命と絆」「勇気と祈り」が作られるまで、、、。 96年、秋、友人の音楽プロデューサーを介して、NHKのやはり音楽プロデューサー がコンタクトをとってきました。彼の話は、現在、あるドキュメンタリー番組の制作 が進行しており、そのテーマ音楽の作曲を依頼したい、とのことでした。私はちょっ と驚きました。NHKは新しい番組の音楽は、一般に公募し、コンペで決定するもの だと思っていたからです。そのプロデューサー氏が見せてくれた、NHKスペシャル 「家族の肖像」と題された今回のドキュメンタリー番組の企画書には以下のように書 かれていました。 「 ----略---- 出口の見えない民族紛争や宗教対立、体制の変革が生み出した新た な貧困、冷戦時代の負の遺産として起こる民族分断の現実、、、、。 ----略---- そうした状況の中で、世界各地に暮らす『家族』は、どの様に、そして何を拠り所に、 生きているのでしょうか。シリーズでは、時代に翻弄される家族、抗う家族、夢を託 す家族の喜びや悲しみを丁寧に見つめ続けていきます。 ----略---- 」 「国、人、地域、生活、喜び、悲しみ、怒り、安らぎ、地、涙、笑顔、、、さまざま な要素を包み込む音楽が必要なのです。いちばん避けたいのは、喜怒哀楽を額面どう りに受け止め、その裏にあるものを見過ごしてしまうことです。以上のような内容の 番組のテーマ音楽を漠然と考えていたとき、ウォンさんの音楽に出会ったのです。」 とプロデューサー氏は熱っぽく語ってくれました。 このプロデューサー氏から、とても真摯で飾りや誇張がない、純粋な想いが伝わって くるのでした。しかも作曲者である私の立場になって物事を考えているのです。私は 驚きました。長い間、いわゆる業界の中で仕事をしてきたわけですが、このようなプ ロデューサーに出会ったのは初めてのことでした。それに、番組の内容も素晴らしい ものだと感じました。偉人や歴史的な出来事を主題にしたドキュメンタリーは数多く ありますが、「家族」をフォーカスしたものはけして多くはありません。しかも、今、 私がいちばん興味を持っていたのが自分ルーツであり、「家族」だったのです。NH Kスペシャルという主軸番組の作曲に起用されたこと自体、大変ラッキーなことなの ですが、それ以上に、この仕事が、音楽を通して自分の奥底に繋がっていこうとする、 私自身のテーマと重なり合っていることに、大きな驚きを禁じえませんでした。 さて、作曲には色々な方法があります。曲を作るというよりは、曲にたどり着くといっ た感じです。今回のような映像に対して、それに見合う音楽を作曲する場合、それに 関する情報が私の心にインプットされたときから、それはすでに始まっているのです。 実際に音譜を書くような段階はまだです。与えられた情報は「家族の肖像」の制作コ ンセプトと、あのプロデューサーの熱意だけです。映像はまだ取材途中なので見られ ません。しかし情報としては充分な気がしました。どんなことでもそうですが、人と の出会いがすべての出発点です。すべて出会いから何か創造的なことが始まるのです。 さて、与えられた情報はまだ私の頭の中で錯綜していて、まとまりません。しかし焦 る必要もないのです。そのことを心の隅において、しかも、心の高まりを携えたまま、 ただ時間を与え、瞑想をするだけでよいのです。そうするだけで、なにか無意識のレ ベルで統合作用が起こるようなのです。するとある日、自分が書こうとする音楽の方 向がわかったような、何か確信のようなものを掴みます。 たどり着いた確信とは、「紛争や対立の中で、けなげに、まっとうに生きていこうと する家族達に、祈るような気持ちでエールを送りたい。けして大声ではなく、心の底 から静かに、彼らに賛歌を送りたい。」言葉でいうと以上のようになりますが、それ をあるエモーションというか、感情のレベルで掴まえるのです。 この段階に来て初めてピアノの前に座ります。上に書いたようなエモーショナルな高 まりを携えて、即興的にピアノを弾いていきます。しばらく弾き続けるうちに気持ち も集中してきます。そして「あ、このモティーフだ」と感じる瞬間がやって来ます。 あるメロディーがあるリアリティーを持つ瞬間です。後はそのモティーフを展開する だけで、自動的に全体が見えてきます。実際にピアノの前に座っていたのは約2時間 でした。私はこの曲に「勇気と祈り」というタイトルを付けました。 私はこの曲をあのプロデューサー氏に聞かせました。彼は大変喜んでくれましが、し かしこれですべてオーケーということではありません。これからチーフプロデューサー や映像スタッフに聞いてもらって、彼らに気に入ってもらわなくてはなりません。今 回のような大きなプロジェクトにはチーフプロデューサーだけでも3人、映像スタッ フが、それぞれ5人ぐらいで構成されたチームが5つ、総勢50人ぐらいのスタッフ がこのプロジェクトにかかわっているのです。彼ら全員から審査を受けるわけです。 そして、帰ってきた答えは色よいものではありませんでした。「いただいた曲は皆、 気に入っています。しかし、当初のコンセプトは、取材が難航する中で変わってきま した。今、私たちが望むのは、番組が始まったという信号の役目と、わかりやすさ、 そして映像の展開を分かりやすく見せてくれることです。つまり、今のままでは高尚 すぎるので、あるテレビ的な俗っぽさが必要なのです。」プロデューサー氏は私に大 変気を使いながらも、別物を作ってもらえないだろうかと言ってきました。 落胆しなかったと言ったら嘘になります。しかしこのことでめげることはありません でした。今回の映像作品の全体を俯瞰すれば、彼らの言い分は理解できることでした。 それに今回の仕事は沢山の人が協力しあって、ひとつのものを作り上げようとしてい るのです。私だけがよくても仕方がないのです。彼らにとって、心血注いで撮り続け てきた映像なのです。自分たちが納得できない音楽をどうして使えるでしょうか。プ ロデューサー氏の誠意に対しても、何らかのきちっとした答えをださないで、さよな らを言うのでは、あまりに身勝手すぎる気がしました。ともかく、もう一度新しいコ ンセプトを自分に引き込んで、自分なりに答えを出すことができるかどうか、心の内 側に問い掛けることにしました。 彼らが望む音楽、あるいは今回の映像作品にマッチングする音楽の在り方がどういう ものであるか、私には大体つかめていました。今までの経験から、今回の映像と、そ れをとりまく環境から、映像と音楽の一番幸せな出逢いがどのようなものか、私には 判っていました。「勇気と祈り」は番組にとって最後にやってくる結論、あるいは作 り手の想いや願いが込められています。しかしオープニングには、これから始まる切 迫したドラマ、戦争や紛争に翻弄される家族達の悲しみや苦しみを描写し、それでも 力強く生きていこうとする家族の絆を暗示させる音楽が必要なのです。それに、一生 懸命つくった映像をなるべく沢山の人に見てほしい、と思うのはごく自然な気持ちな のです。皆、そして私も、今回のプロジェクトを成功させたいのです。一般の人が聞 いてわかりやすく、耳に残るメロディーが必要なのです。 はたしてその様な音楽を書くことが出来るのか。その様な音楽に、媚びるのでも、迎 合するのでもなく、自分の音楽として、私自身のメロディーとして、リアリティを持 つことが出来るだろうか。音楽は自分の内的な衝動だけで作るのではありません。出 逢いとタイミング、まさしく自分で引き寄せた運命が作るのです。私は自分の運命を 生きることを決めました。 今回は作曲に6時間ほどかかりました。それから毎日その曲を弾き続けました。そし て一週間ほど経ったころ、徐々に心の奥底からリアリティーを持って演奏することが 出来るようになってきました。その曲がまさしく自分自身が生み出したのだ、という ことを確信したのです。そして私はその曲に「運命と絆」た名付けたのでした。 この曲はスタッフたちにひとまず歓迎されました。ひとまずというのは、まだオープ ニングの映像ができあがっておらず、実際に合わせてみないと何とも言えないのです。 頭でイメージして、よいと思ったものでも、出来上がった映像と合わせてみて、「あ れ」と思うことは多々あることです。 それから2週間ほどして、撮影や編集が終わり、音楽も録音が終わり、ミックスダウ ン(音楽制作の最終段階)が行われる日に、実際に映像に合わせるみることになりま した。その日にはチーフプロディーサー、映像デレクターそしてあの音楽プロデュー サー氏がかなり難しい顔をしてスタジオにやってきました。これから一年間にわたっ て放映される「家族の肖像」という番組の顔に当たる部分がこれで決まるのですから、 妥協してオーケーを出す訳にはいきません。しかし私には確信がありましたから、な にも揺らぐものはありません。 かくして1分30秒のオープニングの映像と音楽が流され始めました。映像と音楽が 出逢う瞬間です。映像が持つエネルギーと音楽のドラマ性が、見事にマッチングして、 見るものをどんどん引きつけていきました。私は感動していました。映像と音楽が織 りなす高まりを全身で体感したのです。それはそこにいたみんなも同じでした。映像 デレクターさんが帰り際に「音楽に負けない編集をしなくては、、、」と言ってくれ たときは、心の底からねぎらわれたように思いました。音楽プロデューサー氏も諸手 をあげて喜んでいます。私は自分の音楽がすばらしい映像に出逢えたことの幸福感に 満たされていました。 さて、それからしばらく経ったある日、音楽プロデューサー氏から「勇気と祈り」を エンディングテーマに使いたいのだけど、よいだろうかと、打診してきました。番組 全体の編集が進む中で「勇気と祈り」がとても重要な意味を持っていることに気が付 いた、と言うのです。映像スタッフが、自分たちが映像を通して最後に言いたかった ことがあの曲に集約されている、取材された家族たちの現実は想像以上に厳しく、救 いを見いだすためにも、あの曲が必要なのだと言ってくれたのです。 こうして「運命と絆」「勇気と祈り」は番組のオープニングとエンディングを飾るこ とになりました。この2曲は、光と陰、表と裏のような関係です。対になって初めて なにかを伝えることが出来るのかもしれません。
「家族の肖像」は、ギャラクシー賞という、専門家によって選ばれる、年間を通して
放映された、もっとも優秀な番組に送られる賞の、グランプリに選ばれました。1時
間の番組に、4、5人のスタッフが半年から1年という長い時間を、それぞれの現地
で取材を続けてきたといいます。その苦労は並大抵ではなかったはずです。心からお
めでとうを言いたいと思います。私も彼らのプロジェクトに音楽家として参加できた
ことを誇りに思いました。そして沢山の人と一つの仕事をやり遂げる喜びを味わせて
もらいました。ありがとうございました。
1999年 4月6日
ウォン・ウィン ツァン
★この手記は、地湧社「湧」157号(1999年5月号)の誌上にて、「映像と音楽との幸 せな出逢い」というタイトルで掲載されました。掲載許可をいただいた地湧社・湧編 集部さまに感謝申しあげます。 |
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