|
|
|
| ■ ボスニアの子供たち |
| ■ パフォーマンス |
| ■ 風景・街並 |
| ■ 地雷、爆破された建物 |
| ■ 出会った人たち |
| 詩を書いたハセダさんと裏庭でインタビュー。 彼女の家までサラエボから車で8時間かかった。 13歳であの詩を書いたハセダさんも、今は素敵な16歳。 私たち二人を優しい西日が包んでくれた。 このひとときのために私はボスニアに来たのだ。 |
| 彼は手榴弾で指を失い、脳に破片を受けた。 ジェームスディーンみたいにかっこいい。 彼との出会いによって掛け替えのない気づきを得られた。 今頃はどうしているだろうか。また会いたい。 |
| 私に世界の地雷問題の現状や、義足によって犠牲者が 新しい人生を歩むことが出来ることなど、熱弁した赤十字の青年。 彼との出会いなくしてIF THERE WERE NO MINESは始まらなかった。 血走った目がいかにボスニア旅行がハードであったかを物語っている。 |
| ボスニアにいた6日間、朝の8時から夜の8時まで昼食も食べずにこの車で走り回った。 |
|
|
地雷犠牲者救援キャンペーンHOME PAGE (C) SATOWA Music 1999〜 All rights reserved. |